|
|
シリーズ
> 古武術による発想の転換
> 弟子の目で見た甲野善紀 |
|
|
弟子の目で見た甲野善紀
|
二十年来の会員でいらっしゃる中村さんのお話(都内某所にてインタビュー。)
※『甲野善紀 古武術による発想の転換 第一巻石鑿の原理』の演武協力をしていただいています。
INDEX ●今もはっきりと目に浮かぶ出会い ●大いなるものにむかって ●武術を通じたメッセージ ●能率の悪い稽古 ・・「松聲館」 ●袴 ●組織であることを否定した個のつながり ●自然との融和 ●人の痛みの分かる心 ●愚かさや不自然さを強さに
●今もはっきりと目に浮かぶ出会い
――まず、中村さんはそもそもどういうきっかけで甲野先生と出会われたのでしょうか。
まず最初にお断りしておきます。私は長い年月が経っても技において一向に上達の無く、松聲館会員の末席にいる者です。以下は全てそれを前提として聴いてください。さて、1979年のある日のことでした。西荻窪のホビット村(無農薬野菜八百屋の上の小さなサロン)で先生のお話と実技に触れる機会がありました。今でもその時の光景が昨日のことのようにくっきりと目に浮かびます。そこで幾つか実演をなさいました。会場に居られた屈強な方が倒れまいと力を入れて立っておられるところを、肩に手を置いて難なくすぅっと倒してしまわれた。新鮮な驚きでした。終わってから私自身も実験台を申し出て体感しました。一体どういうことなのだろうかと、その日は考え込んでしまいました。
技だけではありません。あの時代の社会が抱えていた空気や、多くの心有る人なら“何かおかしいぞ”と心に思っていたことを言葉の端々で指摘なさったのです。何事も、実際に触れてみないと本当のことは解らないのに、知識や教養が自己目的化してその意味と実体から離れたことが進んでいる。体感、体現することがなくなってしまっている。しばらく前に学生運動が終わって、公害問題として提起された課題は何ら本質的解決もないまま、日本中がバブル経済に向かってひた走る時代でした。そんな時、先生と出会ったのです。
"INDEX↑
●大いなるものにむかって
――その後も、先生の下で長い間稽古を続けて来られたのは何故でしょう。先生の何が魅力だったのでしょうか?
こういってしまうと矛盾ですが、想い返すと実は私は世間的な意味での武道乃至武術を習うために、これまで稽古に通って来たのでは無かったのかもしれません。私が求めてきたものは、武術は武術でも「甲野先生の武術」という固有名詞としての武術です。なんというか、先生は大いなるものに向かっておられると直感的に感じました。武術はいわば乗り物として必須の手段でしたが、その次元だけで求めると見えなくなる、大いなるものに向かっておられることに惹かれました。
●武術を通じたメッセージ
――とすると、現在のように先生が多方面で活躍されることは予想もなさらなかった?
全くです。甲野先生は、長い間、知る人ぞ知るという存在でした。最近は多くのメディアを通じて、発信しておられる。これには、あの黎明期を知る私などは少なからず戸惑っています。けれども、きっと、ただ純粋に「そういう巡り合わせ」という感じで、マスコミに出ておられるのでしょう。先生は、私たち初期の弟子たちが出会った頃から今日に至るまで、様々な形で武術以外のメッセージも発しておられますが、何をなさるかというと、武術そのものです。表現としてさかんに喩えをお使になることはあっても、いわゆる知識人のような抽象論はものされることがない。有名人となられた今日でも、人と自然に対する‘キーノート’が全く変わっておられない。考え方や生き方について言及なさるときには、いつも具体的な技に託すことで、私たちが今この時代この国に生きている意味とでもいうか、それを示唆するメッセージ出されています。武術を手がかりとして。
"INDEX↑
●能率の悪い稽古 ・・「松聲館」
―――お話を伺っていると大変な魅力を感じますが、具体的なご様子は想像しにくいですね。道場での稽古はどのような雰囲気なのでしょうか?
私自身、仕事で東京を離れていた時期もありましたし、仕事に忙殺され道場へ足を運ぶのは年に数回ということもありました。定常的に通っていたわけではありません。道場について知っていることをお話するとすれば、少なくとも根性ドラマに出てくるような道場では全くないし、通常イメージされるような、礼に始り、礼に終わる、よって挨拶は基本である、というような圧力はまず存在しなかった。体育会的なものが全く無いさっぱりしたところが、当時の私には小気味の良い快感でした。あらかじめ先生が準備された稽古パターンや稽古内容が決まっているわけでも無い(少なくとも私達の目には)様子でした。急所は打ってはいけない、掛け声をかけよ、などのルールもなく、本当に、ただただ技の実践あるのみでした。参加者は、多いときでも4~5人、少ないときは私1人で、1時から5時、6時まで稽古していただきました。今から思い出すとあんな贅沢な時間はありませんでした。
現代人の日常は、能率重視です。つまり何かが終わるとすぐ次の何かというように、限られた時間内にできるだけ押し込めるような形で時間が進行していきます。あたかも、充実とはそういうことであるかのようです。ところが、先生のところにいくと逆です。世間的な価値でいえば能率の悪いやり方で時間が進むのです。先生は、ここに何かある、となればそれだけに夢中になって追求してしまわれる。世間の価値観が求めるように、万遍なく全体を把握するなど、正気の沙汰ではない。いま自分が見つけた一箇所が一期一会という風にでも喩えましょうか。自分が本当にそれを「やりたい」、そう思う心がどれほどのものか、それこそ最も大事であるというお考えでしょう。手本にたよらず、規則によらず、真に武術を極めようとしたら、普通の人では大変ですが。私の目に映る先生は、ともかく、内なる流れ、そうせずにはおれなくさせるもの、大いなるものに向かって、としか私には表現できませんが、そういう自然のリズムに導かれておられるのだと思います。
"INDEX↑
●袴
先生が365日、袴を着ておられることにも、様々な意味があると思います。先生とて人の子、取り巻く環境は、この現代社会です。だからこそ、こだわりを意識的に守っておられるのでしょう。そういうこと一つ一つが当時の私にとっては大変新鮮でした。何か違うな、これは何かあるなと思ったものです。
私は他を投げうって武術をやっているわけではありません。先生の真似などできないし、ましてやある程度の術を極めることさえもできない。客観的に見て自分の中にこれほど才能の見出せないことを、一体何故にこれほどこだわるのだろうかと苦しい思いで自問自答した時期があります。今も奥底でそれは同じですが、現在は自分の納得する自分の流儀でやろうと考えるようになっています。
● 組織であることを否定した個のつながり
―――お弟子さんたちのご交流というか、ご関係はどのようなものですか。
弟子たちの全体像については私が答えるのはお門違いでしょう。先生のホームページをご覧ください。私の場合は、“縁あって”としか表現しようがない程の不思議なすばらしい稽古仲間を得ることができました。その仲間とは今でも稽古する人もあれば、ときどき懇親会をもつだけの方々もいます。普通なら人の集まりには、常に先輩格がいて、入門年次の早い人が偉いというのが世の習いです。実力の程はさておいて、古参というだけで重宝される、それが今の私達の社会そのものかも知れません。先生の美学はそれと合い入れないのを感じます。先輩、後輩という価値観や、一年先輩というだけで言葉遣いまで変えねばならない無言の文化的圧力などは松聲館では感じたことがありません。そしてそれも矯正されて無いのではなく、技の追求に余計なことは要らないという場に醸し出された結果であると感じます。先ほど、おおいなる課題と言いましたが、課題が大きければアプローチも尋常では無いのでしょう。おおきな課題が相手なら世間一般のアプローチでは解決が逆に不可能になるのかもしれません。私には、この稽古の場がそういう手がかりを示唆しているように思えます。
"INDEX↑
●自然との融和
―――そんなところまで、広がりがあるんですね。
先生から教えられてきた武術とは、「人間にとって自然とは何か」という問いかけです。自然をそのまま置いておくことが自然か?というと、違うでしょう。壊し続けるのも違う。対峙するというより、この先ずっと共に在るものである。それといかに向き合って行くか、それを学びつつあります。
●人の痛みの分かる心
―――なるほど、武術というものはそんな風に感性と深く関係するのですね。その辺りをもう少しお話しいただけませんか?
ある夜、道場からの帰り道、駅まで歩いて来てくださっていたときに、30m先で自転車に乗ったおじさんがよろめいて地面に倒れました。私はその様子を「あー」と見ているだけでした。気づいた時すでに先生は5m先を走っておられました。頭と目と理性ではきっと実際の距離を感じておられるのに、心が反応したら、体も反応する。こういうことが出来る方なのかと、嬉しくもショックでした。世の中には、学校など行かなくても人として学ぶことが沢山あります。「倒れている人がいたら手をさしのべる」ことこそ、人として当たり前のことでしょう。しかし、いくら頭で分かっていても、そのような瞬間に体が飛び出して動く人はまずいません。先生はその瞬間、心と体が自然に連動しておられたのです。人の痛みの分かる境地だと思います。武術という生き死にを問う過酷なプロセスを経て初めて癒しを語る意味を持つものかもしれません。
●愚かさや不自然さを強さに
――― 武術が癒しとつながるのですか。武術というのは相手を倒すものだと思っていましたが。
人が人を攻撃する、その愚かさや、不自然さを、自ら受身になることで、攻撃してくる人に返し、相手は勝手に倒れていく。先生はそのようなことを自らは決して語られません。抽象的に説明しようとは絶対なさらない。言葉で言うと、真意が全く伝わらないということもあるでしょう。大事なところですが、たとえほんのわずかでも神格化することは全く先生の意図されるところではない。いつも武術とはできねば無意味であると繰り返し述べてこられました。
"INDEX↑
 |
|
|
|
|
人間考学研究所
|
お問い合わせ:人間考学研究所専用ダイアル…03-5468-0073
主催:(株)インター・アート・コミッティーズ / 運営:しゅくみねっと株式会社
|
|
|
Copyright(C) Ningen Kougaku Institute All rights Resereved.
|
|
|
|